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ホープ軒系

『ホープ軒系』は、昭和9年に錦糸町に出した貧乏軒という屋台が原点。
創業者は難波二三夫氏。当時あっさりスープが主流だった中、
貧乏軒の豚骨・背脂・野菜を長時間煮込んだ、こってりスープが人気を博した。
戦後は『成華公司@阿佐ヶ谷』というバラック型の店舗を構える。
野球ブームの到来を機に『ホームラン軒』と店名を変更し、都内数カ所で多店舗展開を開始。
各地域において人気を博した『ホームラン軒』だが、無理な店舗拡張から資金難に陥り、
結果難波氏はすべての店舗を手放すことに。

その後、裸一貫屋台から再スタートすることになるのだが、このとき"希望(ホープ)を持つ店"
という意味から現在の「ホープ軒」という屋号になる。
屋台に戻った難波氏は、新たに貸し屋台業という屋台103台を保有し貸し出すという、
一大ビジネス開始。屋台で都内に拡散した103台のホープ軒、
麺は難波氏から仕入れスープは各屋台ごとに仕込んでいた。

103台の屋台を借りていた人物の中に後の『ホープ軒@千駄ヶ谷』店主、牛久保英昭氏がいる。牛久保氏はお客様の要望を取り入れるなど日々スープの味を改良し、
新たな豚骨醤油に背脂を組み合わせたスタイル(いわゆる背脂チャッチャ系)を確立し、
このラーメンが現在のホープ軒における味の原型と言われている。
牛久保氏は味だけではなく、仕組みにおいても工夫を施した。
屋台では初のプロパンガスの導入や、一度に24食を造るロット生産などを導入することで、
当時1日に100食が限界とされていた屋台で、牛久保氏は800食を販売したとのこと。

時は流れ、難波氏は『ホープ軒本舗@吉祥寺』(ハモニカ横丁内、後に現在の場所に移転)に店舗を構え、都内に店舗を拡張していくことに。牛久保氏は『ホープ軒@千駄ヶ谷』を店舗を開設し、現在に至る。

なお、この103台の屋台を借りていた人物には後の『ホープ軒@千駄ヶ谷』以外に『らーめん香月@恵比寿』『土佐っ子@常盤台』『弁慶@浅草』など錚々たるメンバーも名を連ねており、孫弟子なども含めるとかなり規模が大きい系統となる。

・らーめん香月 → らーめん涌井@西新井 → えるびす@池袋
・弁慶 → なりたけ@千葉
・ホープ軒 → コツ一丁ラーメン@幡ヶ谷
・土佐っこ → 韃靼ラーメン 一秀@池袋 → 平太周@五反田
■メニューや味の特徴:
  • 豚骨醤油に背脂を散りばめた、いわゆる背脂チャッチャ系のラーメン
■ホームページ:
http://www.hopeken.co.jp/
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